隼人の歴史探訪

2007/11/22・23:
日南市飫肥・弥五郎探訪


目次:

☆準備
☆2007/11/22:飫肥・油津
☆2007/11/23:弥五郎祭り


 
 
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2007/11/21:祭り見物の準備
22/23日は 日南市飫肥の「弥五郎祭り」 にでかける。 数年来の悲願の祭りだ。 いつもどちらかが 風邪による発熱で頓挫しているだけに 何とか見物したいのだ。 今年は正月早々 父が肺炎で入院をし初詣も出来なかった。 結局その後、 春と夏、3回の入院となった。 父の健康を鑑み 今年は遠出を控えていた。 この祭りは早朝9時開催。 一番で出かけても現地には昼前 これではいかんともしがたい。 そこで 今年初の遠出のそれも泊まり での小旅行を計画した。 例年の夜明け前より 昼前の出発だから 父の負担も軽減できる。


■数年前の山之口の「弥五郎祭り」 小春日和で汗を。父もご満悦だったな。 明日の準備を始めた。 昨年と違うのは父の流動食だ。 例年なら最寄のコンビニ弁当で大丈夫 だったが今年はこの流動食でないと無理だ。 ☆昨年迄公園でのお昼 毎週遠出の予行演習で、 八幡様の公園で昼食をするのが 父の愉しみだった。。 ☆公園でのお昼 今回は一泊するので 丸2日分の食料(流動食)を パッキングしなければならない。 食料は出かける前に熱湯で戻し 断熱材パックに詰め 暖めたホカロンを。 それと用心のために 着替えやホカロンも。 最初の頃はザックが2個だったが、 何とかいつもの1個で済ませたいのだが。 ☆以前の旅行のパッキング いつも公園散歩する型より 一回り大型の 小旅行用に詰め替え何とか収まった。 後は天候次第だな。 予報では晴れマークだ。 低気圧が日本列島を挟んで 週間予報は曇りが多かったが ここに来て回復して来た模様だ。 これなら雨具は必要ないだろう。


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☆2007/11/22:飫肥へ☆



今7時前やっと陽が昇ってきました。
快晴です。これから日南へ出かけます。

父は夜半咳き込んでいたので
今朝4時頃吸引をしたらその後余り
出なくなって今よく眠っています。

8時に起こして朝食を介助して
10時前の特急で出かけます。

今日は、
まず飫肥の下見をして
その後油津へ行きます。
吾平津姫が祭祀してある油津の
吾平津神社へ詣でて
油津泊まりです。

23日の祭りは
浜下りが9時なので
其れにあわせ
7時過ぎの電車で
飫肥へでます。





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☆2007/11/22:飫肥☆


特急のつもりだったが、
各駅停車しかなく。。
のんびり旅となった。



10時前発ち
2時間ちょっとで宮崎へ
そこで
乗り換え飫肥迄今度は1時間余り。

とっくにお昼は過ぎているのだが
適当な昼食所が無い。
駅前でタクシーと交渉し
田上八幡から油津の吾平津神社迄。
父には悪いがその後宿ででもと。。




田上八幡神社は坂を登った所に
こんもりとした森の前に立派な鳥居が

タクシーは途中の社務所に止めて
急な坂を10m程登り境内へ。
父と参拝し佇まいのショットを数枚
収めた。

祭り当日は何かとご多忙だろうと
御朱印帳を社務所の方に
お預けし油津へ。



吾平津姫を祭る神社は 昔の水路の堀川に架かる石橋の 前に佇んでいた。 風情があるなと見たら 「ふーてんの寅さん」の 撮影もあったようだ。 社殿は過去の台風や老朽化で コンクリートに立て替えられ ちょっと幻滅だった。
☆吾平津神社(乙姫神社)☆ この近くには 伝承の地が散見されると 聞いたが、既に夕方に近い 腹が減ったことだし宿へ向かう。 何と開いていない。 外出中で5時過ぎ帰宅となる。 駅前の喫茶店に入り 父に遅い昼食を介助し食べさせた。 そこのカレーを二人前注文し 久々にペロリと平らげた。 頃合を見て宿へ。 父も疲れたことだろう。 座敷に敷いてあった布団へ寝かせて オムツを取替えた。 暫くしたら寝息が。 病み上がりで久々の長旅、 疲れも半端ではないだろうな。



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☆11/23:「弥五郎祭り」
祭り開催の9時前に 神社に行けるように 7時父を起こし朝食を済ませる。 出かける前に用意した 流動食パックだが 冷たくなっているので、 布団に忍ばせて(抱いて)寝た。 その性でちょうど食べ頃の暖かさ。笑。 畳の部屋なので、 シートを敷いてその上に 車椅子を置き座らせて介助した。 このシートは オムツ取替え時に 公園の芝生に敷いて 父を寝かせるのだが 思わぬ所で役にたった。 8時過ぎ近くのタクシーを呼んで 飫肥の田上神社へ。 8時半過ぎには到着した。 社殿では神事が行われている。 まだ見物人はいない。 山車を曳く子らが数名屯していた。 鳥居の前には大きな弥五郎が その手前には子供らが曳く一回り小さな物が。 その前で父の記念写真を。


開催時刻に曳きが始まった。 ビデオを廻しながら暫くその後を。 坂を下って左折れした所で しばし休息となった。 街中を一回りして帰ってくるのは 3時過ぎと伺った。 ではその時また見物しようと 飫肥の城下街巡りにでた。


大手門を潜ったが 石段では車椅子では無理。 大手門入り口で父には 日向ぼっこをして貰い、 城内の歴史資料館へ。 少々話を伺って父の元へ。 京都からお見えの老夫婦が 父をきずかって有難い事だ。 しばしお話を伺ってお別れし 小村記念館や庭園を巡った。 お昼前となったので 観光案内所のある駐車場のベンチで 父に介助し昼食を。 風も無くポカポカ陽気で 父もついウトウトまどろんだ。


暫く休憩し午後の城下街巡りに。 昨日、自宅から駅まで送って頂いた 地元のタクシーの運転手さんが 今日はお昼頃飫肥に行きます。と 云われていたのを思い出し 駐車場を見回したらありました。 広場の露店を見ていたらその運転手さんが 見えて雑談を交わし、見物へ出かける。 庭園を巡っていたら 今度は好く行く書店のお嬢さんに。 さっき、運転手さんと立ち話をして いた時そんな感じがしていたのだが、、 ご家族でお見えだったようだ。


城下町を一回りし神社へ。 山車の帰る時間には未だ壱時間程 あるなと行って見たら、、 何と今回はお布施が少なくてと。。 昨日お願いしたご朱印を受け取り タクシーを呼んで頂き駅へ。 5時の予定でいたが、父もお疲れだろうから 少しでも早い方が楽だと切り上げた。


乗り換えは今度は一旦駅を出て廻る。 これでは誘導がなければ乗り換えも 出来ないな。 接続が悪く次の特急には一時間もある。 都城行きの各駅停車なら待たずに乗れる。 それなら、都城へ出て待ち時間を 利用して「髪長姫」の伝承地の早水公園でも 見物しようかと各駅に。 しかし都城に着いた頃は既に日は落ちて 撮影も出来ない。 已む無く駅での待合となり時間を潰す。 一時間程し特急に乗り帰宅した。 オムツを取替え夕食を。 父は疲れたことだろう。


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☆久々のお泊りで☆
正月早々 肺炎で死線を彷徨い 3回の入退院を繰り返し 回復したとは云え高齢 今年は 遠出は諦めていたのだが この飫肥の弥五郎祭りは 数年来の悲願だっただけに 出かけたが 無事に帰宅でき安堵した。
過去と違うのは ■先ず父の流動食。  若かりし頃  よく出かけた登山のパック  それを出かける前に  暖めて戻して詰めた。  断熱材のパックに入れたのだが  やはり冷たくなっていた。  翌日は早立ち、  冷たいのは気の毒と  寝る前に布団に忍ばせ  暖めて出した。  ちょうど食べ頃で好かった。笑。   ■今回の宿泊は和室。 事前に確認していたので 宿もそれなりの配慮をされていた。 しかし畳の上に布団だ。 最近軽くなったから 廊下から運べるが 非力な女性では出来ないな。  まさか、オムツ取替え用の  持参したシートが役立つとは。  100円ショップで購入した商品が  今回はかなり効力を発揮した。 ■移動の車中では  今回もリクライニングの車椅子を。  混雑していない車中では  疲労を鑑み  なるべく寝かせて。  今回は、車中での食事は  しなかった。  過去数回流動食を介助した  ことがあるが。   ■寒い時期の外出中の  オムツ交換は厄介だ。  事前に公的な機関に  確認しておく必要があるかも。   ☆☆今年は月2回程度、   八幡様に参拝し   そして公園で昼食を。   もちろん持参した流動食を。      いつもこのような   小旅行の予行演習を   しているので   特にオタオタすることもなかったが。    ★★今回は、移乗中にまた擦り剥いた。   うっかり腕時計をしたまま持ち上げて。。   それが薄い皮膚を捲って出血で。   大判の絆創膏は必需品だ。      救急薬は常時セットで持参している。   もちろん父の保険証や障害者手帳も。      また寒い時期のホカロンは   必需品だな。助かっている。    ○旅費清算
  1. 電車   国分〜宮崎〜飫肥   5160+600*2= 6360   
  2. タクシー   自宅〜国分 640*2=1280   飫肥〜油津  3000   油津〜飫肥 2480   飫肥        700    計7460
  3. 宿泊費   2000*2=4000 4000   
  4. 食費   11/22:2500   11/23: 500    3000
  5. お土産            2000
  6. 下準備   ホカロン、救急品,他   
  7. 今回の旅費・雑費計 25000円


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