同行二人

09/11/28:
諏訪神社
「熊襲踊り」

kumaso_odori

目次:

○しおり ○早水神社 ○沖水古墳 ○諏訪神社・熊襲踊り


 
pin.gif
2009/11/28
当地・隼人所縁の。。。踊りが。。。
今日は 最高の祭り日和だ。 午前中、 毎週の墓参に出かけた。 父が他界してから 毎週の墓参りは 行動パターンに刷り込まれた。 そして 予定通り 午後一番の電車で 当地と所縁の深い 「熊襲踊り」見物に お隣の都城へ出かけた。


top/ HOME

○09/11/28:諏訪神社
「熊襲踊り」

 
pin.gif
○09/11/28:早水神社
一昨年、 父と見物した、 庄内・願心寺「花祭り」 その近所にある 諏訪神社の奉納舞「熊襲踊り」を 見物に出かけた。 都城に 午後1時前に 着いたが、 庄内経由 霧島神宮行き バスには 未だ 一時間以上もある。 そこで、 駅前の タクシーに乗った。 以前から 参拝したかった 仁徳天皇の后・髪長姫早水神社に詣でた。 いや〜 良かった。 境内と公園の紅葉が ちょうど 見頃だった。 社殿や境内 早水公園 等の 紅葉を 撮影した。
○09/11/28:沖水古墳
なんと、 ここにも古墳が。 「沖水古墳」 とあった。 この周りの紅葉が 一段と 鮮やかだった。

沖水古墳

昭和11年7月17日 県指定

大正末期まで、
現在の川東から千町
にかけて
多くの古墳
が残っていたが、
都市開発とともに
次第に取り壊され、

今は
わずかに
この円墳一基
が残っている。

近年になって、
墳丘から
平安時代
の埋納とみられる
鋳銅製経筒
中国製湖州鏡
玉石
軽石製円筒形容器
が出土した。

一旦
掘りおこされ
再度
埋められた
形跡がある。


===== 沖水古墳 説明 より =====

○09/11/28:諏訪神社
「熊襲踊り」
諏訪神社には 午後2時に着いた。 祭りを知らせる幟が 道路沿いに 立っていた。 参道には 立派な鳥居が。。 その鳥居を 潜って驚いた。 またまた、 福岡からお見えなのだ。 先日の 湯之尾神社の神舞にも 見えていた。 昨年だったか、 当地の田の神舞に お見えだったので 午後 時間が空いたとかで、 あちこち ご案内したのだった。 あの後、 加治木の蜘蛛合戦 にもお見えで。。 いやはや、 何とま、 精力的にご活躍な。 暫し挨拶を交わし 参道の右側に 社務所兼公民館があった。 その先に 突然 急な石段が現れた。 拝殿は、 その石段の上に 見え隠れする。 ご高齢の方々には さぞかし難儀だろう。 と、伺ったら、 右側に車道があって 拝殿まで上がれますとの ことだった。 その石段を 登って拝殿へ。 社殿を数枚 撮っていたら、 神事は 3時から行いますとのことで 今度は ビデオカメラを取りに、 その急な石段を降りた。 神事を 数枚撮影し、 下へ降りて、 奉納舞の開始を待った。 奉納舞の 熊襲踊りは 午後3時40分頃 始まった。 それぞれが、 古来の百姓を 模した様な いでたちに顔には お面を着け、 蓑を背中に、、 前には 直径1m50cm程の 円形の太鼓に模した 「ウバチョ」 を抱えて、 中につけた 笊を叩くのだ。 囃子歌に 併せて 円陣を組んで踊る。 ユーモラスでもあり 勇猛でもあり、、、 午後4時頃には 終了した。 福岡から見えた方の車に 同乗し都城駅へ。 願心寺の先で 左折するのを 直進してしまい 後戻りして 30分程で都城駅へ。 駅前のパーキングに駐車し 、駅前の食事所へ。 ところがどこも開いていないのだ。 どうも 午後5時かららしい。 ぶらぶら探し回って やっと開いていた一軒に入って 30分ほど食事をし、 別れた。 今度は どこでお会いできるだろうか。。 これまた愉しみだ。 いつもの 駅の待合室へ行ったら、 可愛い3人組に遭遇した。 宮崎に出かけて その帰途だとのこと。 鹿児島へお帰りとかで、、 楽しい一時を 過ごさせて貰った。 天草のイルカ見物は 好い思い出になると お勧めしたが。。 帰宅は 午後8時頃だった。 それから 今日の 祭りの映像や画像を セーブして 本日は暮れた。 明日は編集だな。
kumaso_odori
kumaso_odori
kumaso_odori
kumaso_odori
kumaso_odori
kumaso_odori

太鼓踊り開催神社


top/ HOME